大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(行ツ)100号 判決

上告人

株式会社岐阜相互銀行

右代表者

宇佐見鐵雄

右訴訟代理人

後藤昭樹

外二名

被上告人

名古屋法務局一宮支局登記官

高橋弘

右指定代理人

貞家克己

外五名

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差戻す。

理由

職権をもつて考えると、原審は、それぞれ、所有権、抵当権に関する登記のある一審判決別紙第一目録記載の(一)建物(以下「甲建物」という。)と同第一目録記載の(二)建物(以下「乙建物」という。)とに対し工事が加えられ、それにより両建物はそれぞれ独立性を失つて、一棟の同第二目録記載の区分所有建物(以下「丙建物」という。)になつた旨判断し、この場合には、登記手続上は、甲建物及び乙建物のそれぞれにつき滅失登記(不動産登記法九三条ノ六、九九条)をし、丙建物につき表示登記(同法九一条、九三条)をするのが相当であるとして、これを前提に、被上告人のした本件各登記申請の受理処分はいずれも適法である旨判示している。

しかしながら、甲建物及び乙建物のそれぞれが独立性を失うに至つた原因となる工事の内容として原審の確定するところは、相隣接する甲建物及び乙建物のそれぞれの二階部分の隔壁のうちわずか巾1.8メートルの部分を除去し、そこに建具をはめ込み、両建物の二階部分の高低差0.95メートルを木造の階段で補い、その部分を通行可能にしたというにすぎない。しかして、右の工事以外に何らの工事も加えられていないとすれば、既に所有権及び抵当権に関する登記がされて取引の対象となるに至つた甲建物及び乙建物は、一般取引の通念に照らし、いまだその独立性を失つたものとすることは、相当でないというべきである。もつとも、原審は、甲建物及び乙建物の右工事後の状況として、乙建物の三階部分はその二階部分に通じているが、右部分には階下に通じる階段はない旨の事実を確定している。しかし、前記工事前には、乙建物の二、三階部分は、階下又は外部路面に出られるようになつていたことが容易に推認され、特段の事情の認められないかぎり、右工事後においても、乙建物の二、三階部分から、甲建物を通じることなく、階下又は外部路面に出ることが全く不可能となつたものとは考え難く、少なくとも、原審は、右の特段の事情につきこれを認定していないのである。そうすると、原審の確定する甲建物及び乙建物のそれぞれに加えられた前記工事のみで両建物が建物として独立性を失つたとした原審の判断は、建物の独立性に関する法解釈を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨につき判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、甲建物及び乙建物に対し前示の工事以外に工事が加えられているか否か、加えられているとすればその内容はどのようなものであるか、などの点につき更に審理を尽させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

上告代理人加藤保三、同後藤昭樹の上告理由

原判決は不動産登記法第九三条の六第一項の適用を誤つた違法があり、右法令違背は判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決は、本件のように、登記された二個の建物(以下便宜甲、乙の建物という)を合体して一個の建物(以下便宜丙建物という)とした場合の登記については、甲乙の建物は法律的にも事実的にも各個の建物としての存在を失い、丙建物という一個の建物に変つたのであるから、甲乙の建物の滅失の場合に準じ、甲乙の建物について滅失の登記をし、改めて丙建物の表示の登記をなすのが相当と考えられると判示した。これによると、本件のような場合、表題部に記載された所有者または所有権の登記名義人が甲乙両建物の滅失登記を申請したときには、甲乙両建物が滅失した場合に準じて、不動産登記法第九三条の六第一項に基き、右滅失登記の申請を受理すべきであるということになろう。

二、右の原判決の理論は次の二点でいさゝか不明確である。

(一) 第一に、甲乙建物を合体することにより丙建物とする場合に、甲乙建物から丙建物に至る所有権の客体の移り変りの経過に関連して甲乙建物に附着していた抵当権の運命がどのようになるかゞ明確でない。すなわち、甲乙建物から丙建物への変せんの過程において、甲乙建物に対する抵当権が実体法上消滅してしまい、丙建物上には及ばないというのか、それとも逆の結論をとるというのかゞ明確でない。

(二) 第二に、原判決は、甲乙建物の合体の場合の登記上の処理について、甲乙建物が滅失したものとして、不動産登記法第九三条の六第一項の適用をそのまゝ認めるのか、それとも、甲乙建物が滅失したものではないが、滅失の場合に準じて同条項を準用ないし類推適用するというのかゞ明確でない。

三、原判決示中に、右のような不明確さは、原判決の理論を二通りに解する可能性を生ぜしめている。

(一) 一つは、実体法的にみて、甲乙建物に対する所有権の消滅(同時に甲乙建物に対する抵当権の消滅)→丙建物に対する所有権の発生の経路であり、登記手続上は、不動産登記法第九三条の六第一項の適用による甲乙建物の滅失登記→丙建物の表示登記の経路である。

(二) いま一つは、実体法上は、甲乙建物の所有権の合体(その法律上の表現は用語上適切なものは見当らないが)(甲乙建物に対する抵当権不消滅)=丙建物所有権の発生(甲乙建物に対する抵当権は丙建物上に存続)という考え方であり、登記手続上は、不動産登記法第九三条の六の準用ないし類推適用による甲乙建物の滅失登記→丙建物の表示登記の経路である。

そこで、便宜右は(一)の考え方を第一理論、右(二)の考え方を第二理論と呼ぶことにする。

四、ところで、原判決が第一理論をとつているとすると、右理論は、所有権の客体たる物の消滅に関する考え方を誤つたため、不動産登記法第九三条の六第一項の適用を誤る違法を犯していることにになる。その理由は次のとおりである。

(一) 甲乙両建物の隔壁が除去されても、建物が取り壊わされ焼失しあるいは地震風水害で倒壊した場合などと異つて、建物としての実体も価値もそれぞれ喪失するわけではない。隔壁の除去によつて、甲乙建物が滅失したものと評価することはわれわれの社会通念にも著しく反するものといわねばならない。

丙建物に対する所有権は、実体法上からみれば、甲乙両建物に対する所有権が合体して成立したものであつて、甲乙両建物の所有権が消滅したものではない。この理は民法二四二条以下の附合、混和の場合と全く同一であり、隔壁の除去により、甲乙両建物の所有権が一旦消滅し、丙建物について、更めて、所有権が発生するわけではない。

(二) このように、甲乙建物が滅失していない以上、甲乙建物に附着していた抵当権も当然に消滅するわけではなく、丙建物は甲建物からみれば、これに乙建物が附加されて一体をなしたものであり、また乙建物からみれば、これに甲建物が附加されて一体をなして出来上つたものであるから、甲乙各建物上の抵当権は丙建物全体に及ぶものと解せられる(民法三七〇条)。

五、つぎに、原判決が前記第二理論をとつているとすると、甲乙建物に対する所有権も抵当権も実体法上消滅していないのであるから、この場合に、不動産登記法第九三条の六第一項を準用ないし類推適用する合理的な根拠はなんら存しない。すなわち、この方法によると、甲乙建物の抵当権の登記がなされた登記用紙は閉鎖されたまゝで、両建物上に抵当権の登記が移記される手続はとられないから、実体に全く符合しない登記簿上の処理がなされることになるし、甲または乙建物に対して抵当権などの第三者の権利に関する登記が附着している場合に、同条項による滅失登記を是認することは、第三者の右権利を不当に侵害することゝなつて不合理極りない。結局、第二理論の場合にも、不動産登記法第九三条の六第一項の適用の誤りが存することになる。

六、しからば、甲乙建物の合体の場合、どのような登記上の措置が講ぜられるべきか。

(一) まず、滅失登記は、建物が実体的に滅失した場合に限つて許される登記方法であるから、建物合体の場合(特に、甲乙建物に抵当権などの第三者の権利に関する登記が附着している場合)には、これによることはできないことは前記のとおりである。

(二) 結局とるべき登記方法としては、従前の甲乙建物に第三者の権利に関する登記がある場合には、建物所有権が合棟を登記原因とする従前の各建物の滅失登記を申請する際には、必らず、合棟を登記原因とする従前の各建物の所有権保存登記の抹消登記の申請をすることが必要と考える。この場合、所有者が保存登記の抹消登記の申請をするには、抵当権者の承諾書を申請書に添付しなければならない(不動産登記法一四六条一項)。

登記官は右承諾書を添付した保存登記の抹消登記申請に基き、その旨の抹消登記を経た後、合体を原因とする甲乙各建物の滅失登記と新たな丙建物の表示の登記をすることができると解される。

滅失登記がなされると、登記用紙は閉鎖されるから、それ以前に保存登記や抹消登記をすることは無意味であるかに思われるが、前記のように、合体の場合に滅失登記の方法を用いることは本来違法なのであるから、仮りに代用的な手段としてこの方法を用いるとしても、滅失登記によつて目的を達するに十分でない部分は抹消登記という他の便宜的手段で補わなければならないのである。この方法をとることにより、はじめて、実体に符合した登記の実現が図られうるのである。

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